日月です。どんなに嫌なヤツでも、高いおもちゃを持っている子には媚を売っておもちゃを使わせてもらっていたとです。
そんな私の子供時代の話です。
<末っ子受難>
・プールでおぼれそうになり、必死に姉の水着をつかんだら、姉は心配するどころか、水着を引っ張ったことですごく怒られた。
<食べもの>
・やたら食い意地がはっていた子供だった。
幼稚園の頃2重マルをもらった絵は食べ物の絵ばかり。おもちゃでもリカちゃんのダイニングテーブル(ケーキや鳥の丸焼きが並んでいる)がお気に入りだし、おままごと用のばら売りおもちゃには、家具や台所用品ではなく、みつまめやら、くだものやら、とにかく食べ物に関するものばかり集めていた。
・おじさんに釣りに連れて行ってもらい、川原で遊んでいたら、
おじさんの釣り針が口に引っかかってしまった。驚いて大泣きしていると、おじさんにプラッシー(懐かしい)を買ってもらい、そんだけで機嫌を直した。
<内向的な遊び>
・洋服ダンスの中に何時間でも隠れていられた。
・鏡を目の下に置いて歩く遊びをしていた。こうすると、天井の上を歩いているようで、見慣れた家の中でもまったく違った場所に思えた。
<理不尽な大人社会>
・幼稚園のお遊戯会で出し物が3つあった。
(1)少人数でかわいい衣装で踊るもの
(2)その他大勢で踊るもの
(3)日舞
日舞をやっている子は(3)だったのだが、私を含めほとんどの子たちは(1)をやりたがった。しかし、(1)に選ばれたのはめちゃくちゃかわいい子と、地域の実力者のムスメだった。人生って平等じゃないんだなと知った瞬間だった。
振り返りコメント
いろいろと屈折した昭和の子供時代でした。今ほど多様性のない社会でしたので「子どもは元気で友達が多いのが理想」とされていました。
あと、地方のヒエラルキーもひどかったです。昭和時代は、人見知りな子どもには生きづらい時代でした。

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